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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7285号 判決 1963年9月16日

理由

(手形金の主位的請求について)

(証拠)によれば、佐藤毅は、被告主張のころ被告会社の工員として雇い入れられ、ついで被告主張の経過で営業所勤務に転じ、主として商品の仕入、配達、伝票の記帳等の事務を担当するかたわら、当時入院中の被告会社代表者北村助雄の指図によつて、会社名と代表者名の各ゴム印および会社印を使用し、手形、小切手用紙に所要事項を記載のうえ、代表者名下に、北村自身もしくは北村がその印鑑を岩崎銀一に預けた場合には岩崎からそれぞれ右代表者の印鑑の押捺を受け、又は特に右印鑑の押捺行為までも命じられた場合には佐藤自らが右印鑑を押捺して手形、小切手を作成する事務にも従事していたこと、ところで佐藤は、昭和三七年三月ころ北村の指図を受け、岩崎から右代表者の印鑑を手渡され、これと前記ゴム印および会社印を使用して、被告会社の取引先に対する支払のため、約束手形一通を作成したのであるが、その際書き損じの約束手形一通を出すにいたつたこと、右書き損じの手形(手形用紙を用いたもの)には既に被告会社の記名捺印がなされ、支払地、支払場所、振出地の記載もなされていたが、金額欄の記載はインク消で消され、その他の要件欄は白地のままとなつていたこと、佐藤は、右書き損じの手形を廃棄せず、これをそのまま所持していたところ、たまたまそのころ知人の川口淑から窮状を訴えられ、見せ手形の交付を懇望されたのでこれを容れ、ほしいままに右書き損じの手形を川口に交付し、その白地の補充をも同人に委ねたこと、以上の事実を認めることができる。ところで、このように振出人の記名捺印がある廃棄すべき書き損じの手形を濫用し、名義人の意思に基かないで勝手にこれを流通におく行為は、手形の偽造であると解するを相当とするから、被告会社は、右のように佐藤の偽造にかかる本件手形について、手形上の責任を負うものではないというべく、従つて、原告の主位的請求は失当として棄却を免れない。

(損害賠償の予備的請求について)

前判示の佐藤の手形偽造が被告会社の事業の執行につきなされたものといえるかどうかはさておき、ともかく、(証拠)によれば、原告は、昭和三七年五月中旬ころ、当時既に弁済期の到来せる川口に対する一五万余円の請負代金債権の取立のために、川口より本件手形の裏書譲渡を受けたことが認められるから、右手形の授受によつて、右請負代金債権は消滅せずに残存し、かつその履行も手形の満期まで猶予されたものと推定される。それ故、手形授受の時から満期までの間に原告主張のごとく川口の資力に変動を生じ、そのために残存債権の無価値化をきたしたというような特段の事由があれば格別、そのような特段の事由を認めるに足りる証拠がない本件においては、原告は、右残存債権を有するから、右手形の授受によつて損害をこうむるものではないというべきである。従つて、原告の予備的請求もまた、その余の判断を加えるまでもなく失当として棄却せざるを得ない。

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